薄霞（うすがすみ）をかけた夜月のように、美しくも不透明なハーバル調の香り。花の艶やかな甘みを風に乗せ、白煙と共に獲物を導く。
忘我のままに伸ばされた指先を絡めとるのは、アガーウッドの静けさ。視界を覆う靄（もや）の先にあるのは、嘲笑うように揺れる水面（みなも）のみ。
空に浮かぶべき月に惑わされ、一切を掠め竊（と）られるフレグランス。

その身が帯びる、渇いたプチグレンとスパイスのほろ苦さ。それは跳梁跋扈（ちょうりょうばっこ）の荒野を進む草臥（くたび）れた身から出る武骨さと、朴訥（ぼくとつ）が故の純なる強さ。
はたまた気血となって身体を巡るグアヤクウッド。その重みは果てなき旅路で己に刻む戒護であり、その温みは捨てるには惜しい情義である。
刃なくして難儀を背負い、折れずに立ち続けるためのフレグランス。

静寂を切る清々しいシトラスが始まりを告げる。轟く声は花のように華やかな旋律を歌い、弦の波動は熱い桂皮のように力強く破邪の楽曲をかき鳴らす。
悪を断ずる苛烈なまでの調べには、ウッディ調の温みで綴った、愛しきを想う詩（うた）がある。
たとえ魔の血が湧き立とうとも、魂の叫びを響かせるフレグランス。

静謐に立ち込めた冷たいヒソップがもたらす、死の予感。剣の閃きは舞い散る花びらのように美しく、最後に残った花の芯が流れる血の苦味を帯びている。
貫いたのは己の剣か、敵のそれか。果たして、失せつつある体温とは裏腹に、その刃には情念が残り続ける。
忌むべき悪名を世に刻み、気高き生き様を遺すフレグランス。